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  • Interview with David Roche in Dubai’s Yogalife magazine

    ドバイのヨガ雑誌『Yogalife』2015年9月号の
    デービッド・ロシュ先生のインタビュー掲載記事を
    デービッド・ロシュ先生と『Yogalife』のご協力により、
    日本語訳記事を掲載します。(翻訳:宮村葉)

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    HANDS ON with David Roche
    デーヴィッド・ロシュとの学び
    70歳のアシュタンガヨガ・マスターが
    初めてのドバイ訪問で語るヨガライフとは
    デーヴィッド・ロッシュは世界的なシニア・ヨガ・ティーチャーの一人である。さまざまな国で40年以上に渡って指導を行い、長年インドのマイソールで彼の師である、かのシュリ・K・パッタビ・ジョイスのもとで学んだ。全世界で45人しかいないサーティファイド・ティーチャーの一人である彼がドバイを訪れ、「アシュタンガヨガ・ドバイ」の生徒たちと共に、彼のプラクティスと指導の哲学―「神は細部に宿る」をシェアする。

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    —他のヨガではなく、アシュタンガヨガを始めたきっかけは何ですか?
    「私はそもそもダンサーをしていました。マーサ・グラハムのテクニックはダンサーのトレーニングとしては、非常にヨガ的なベースを持ったもので、私はそれを学んでいました。同じポーズの繰り返しであり、連続したポーズのシリーズをシンプルにより合わせたものを毎日練習します。アシュタンガヨガのようです。同じトレーニング・プロセスを何年も続けていくのです。19歳の時にスタートして、アシュタンガヨガに出会った50代まで続けました」
    —現在のヨガ界の多くの部分は本質的ではなく表面的に感じられます。これについてはどのように認識していますか?
    「世界的に起きていることの反映です。都市においての経済的活動は凄まじいものがあると感じます。それを否定することはできません。そして人というのは何かを始める時、自分になじみのあるところからスタートするしかありません。もしヨガのプラクティスが人々の興味を刺激するならば、彼らは自然と深く探求していくことでしょう。もしそうでなければずっと同じレベルに留まりますが、だとしても問題はありません、少なくともスタートとしては」
    —なぜ世界中でヨガは人気なのでしょうか?
    「それは役立つからです。一般的に人々は感情的な、もしくは肉体的な痛みからヨガを始めます。これまでの過程で何かが上手く行かなかったのです。例えばそれは腰痛かも知れないし、何かのトラウマかも知れませんが、しかし大体の場合、これらは身体内の調整の狂いが原因で起きています。そして薬物に頼らずとも、ヨガが身体の再調整を手助けするものだということが解ったのです。
    アシュタンガは、マドンナのようなセレブリティがオプラ・ウィンフリー・ショー(アメリカの人気トーク番組)などのテレビ番組で話したことで、喧伝され人気になりました。私がグルジ(シュリ・K・パッタビ・ジョイス)のもとでアシュタンガを始めた90年代始めの頃は、30人ほどの生徒が出入りしているのみでした。私は3年ほどそこで過ごしましたが、その後90年代の終わり頃には、300人もの生徒がクラスに参加するようになっていました」
    —ヨガの身体的な側面のみを実践し続けることは可能だと思いますか?
    「もちろん。クリシュナマチャリヤと彼の息子デシカチャーは「ヨガは科学である。なぜなら科学的に検証可能だからだ。」と言っています。その人が望まないのであれば、インド文化の宗教的側面を掘り下げなければいけない、などという理由はありません。しかし遅かれ早かれ、皆さんはメディテーション、そしてヨガの精神的な側面に出会うことになります。皆さんの身体とマインドに対する気づきが変化するにつれ、皆さんの意識も自然と拡張されます。ヨガが皆さんを変化させます。「何をすべきなのだろうか?」などと思い悩む必要はありません。ただ続けるのです。自分の毎日のプラクティスを」

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    —ヴェーダやパタンジャリのヨーガ・スートラを学ぶ必要はありますか?
    「これも同じです。皆さんが興味を感じる度合いが、そこに割く時間を決めます。アシュタンガヨガに関して言えば、若い人達はその身体的な部分に魅かれると思いますし、深いレベルを突き詰めるかどうかは、性格的なタイプもあると思います。ほとんどの身体的活動によく見られるのと同じく、競争的な部分がありますが、それは特に悪いことではありません。現状に甘んじるのではなく、自身の可能性に働きかけるということがそこから始まるのですから」
    —クラスではバックベンドのアジャストメントを行う際、実際的でとても細部にこだたわったアプローチを行っています。それはなぜでしょうか?
    「それは、皆さんが全身を使った後屈を覚える必要があるからです。ただ単に背中だけを曲げるわけではないのです。脚のアーチ、それが脊柱へと至ることに気づくために、膝の感覚を持ちながら脚の上部からアーチを描くやり方を覚える必要があるのです。
    背中を曲げ始めると多くの人によく起こるのは、膝の存在が忘れ去られることで、それによってアーチが限定されてしまいます。胸を引き上げながら動いていくと同時に、尾骨を引き上げておく必要があります。虹のアーチのように。これは後屈を学び始めたばかりの時にはなかなかできませんし、感じとるには長い時間がかかります。例えば落ちてしまうかもしれないというような、内面の恐れを乗り越える必要がありますし、自分はできるのだという自身への理解と信頼も必要です」

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    —ヨガの必須要素としてのメディテーションについて意見をお聞かせください。
    「グルジはプラクティスそのものがメディテーションであるといつも言っていました。マインドをフォーカスさせることで、プラクティスを深く行うことで、メディテーションへと至る。自身のマインドの中心に居続けることで、私たちはメディテーションを実践しています。これ以外にその他の伝統的なメディテーションの方法を実践するかどうかは各々のチョイスです」
    —プラーナヤーマの重要性についてお聞かせください。
    「グルジは「26クンバカ」という、さまざまなプラーナヤーマからなる一連のシリーズを指導していました。身体的なプラクティス同様、一定のシークエンスに則って行われ、特定のチャンティングが共に行われます。アドバンスドAシリーズを習い終えた生徒のみが、指導を受けました。
    私が知る限り、ヨガ実践者のうちごく少数のみがプラーナヤーマをの実践を維持し、深く掘り下げ続けています。アイアンガーヨガの実践者がそうですね。アシュタンガヨガではあまりいません」
    —あなたは過去に、アシュタンガヨガは、プラクティスをただ何度も繰り返すだけではマンネリに陥ってしまうとおっしゃいました。それについて詳しく教えてください。
    「私たちは習慣化された行動に陥らないように務めています。私についていえば、特定の方法を行っています。膝に問題がある場合、もしくは肩に問題がある場合、そのような時は、自身が身体で行っていることを通して、これを修正できる方法を楽に体得できるよう模索します。プラクティスを行う時、スリヤ・ナマスカーラから始まり、プラクティス全体を通して、私はそれを追いかけ続けます。それによって集中の状態がもたらされますし、またそれ自体がヒーリングでもあります」
    —グルジがかつて「これらのポーズは危険だよ」と言ったことを、あなたは60歳になった時にその意味に気づいたと言っていましたよね。
    「私がアドバンスド・シリーズの練習を始めたのは52歳の時で、それは前代未聞のことでした。アドバンスド・シリーズを練習したいと、グルジに自分から願い出るほど私はエゴに突き動かされていて、グルジはあっけにとられていました。その時に「これらのポーズは危険だ」とグルジが言ったのです。私がシリーズを始めたいと懇願したところ、グルジは「君を見ていることにする」と言いました。そしてアドバンスドAをスタートするまでの数ヶ月、私をただ見ていました。そして私が始められると彼は確信したようですが、しかし同時に私が他の生徒たちよりも年齢が上なので、私にはインターミディエイト・シリーズを全て練習させ、その上で他の全てのポーズを加えていきました。ですから私はいつも一番最初に部屋に入り、一番最後に部屋を出ていました。75個もポーズを行っていたのですから」
    —長年指導を行うことで魅力的な人になれると思いますか?
    「そう願ってます。妻と共に指導していた頃は、彼女がおだやかで、私が厳しかったと思います。私が規律を厳しく求める側で、彼女は生徒たちと楽しく幸せに過ごす側だったと思います。今は私たちは違う道に進んだので、私がどちらの役割も果たす必要があります。生徒に身近に感じてもえるよう支えることは、わたしにとっては生徒との関係性においての新しい取り組みです」
    —輪廻転生を信じますか?
    「解りません。なるようになるとだけ思っています」
    —カルマを信じますか?
    「ええ、私たちの行動が私たちの所有物であり、それが私たちの持つ全てであり、もちろん全ての行動には結果が伴うと、確実に信じています」

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    マイソール・スタイルでアシュタンガヨガのプラクティスを行うことについては、経験せずにそれを理解することはとても難しいものですが、しかしここでマイソール・クラスについて一般的なことをいくつかご紹介します。
    ・呼吸音と時折ある講師の指導以外は、静かな空間で行われる。
    ・全てのレベルの生徒たちが隣り合ってプラクティスを行う。
    ・講師は生徒ひとりひとりに個別に指導を行う。それによって生徒は自身に適切なペースで進むことができる。
    ・ポーズの順番を覚え、そのセットを毎日プラクティスする。生徒の準備が整った時に新しいポーズが徐々に加えられる。
    ・各々のプラクティスにどれぐらい時間がかかるかによって、6:30-10:00のいつからでもクラスに加わることができる。

    HANDS ON with David Roche by courtesy of YogaLife Middle East this article first appeared in the September 2015 issue of YogaLife Middle East.
    translation Yo Miyamura
    (無断での引用、転載を禁じます)

  • Script of David Roche’s workshop lecture

    この記事は2015年4月に行われたDavid Roche先生の
    週末ワークショップのレクチャーのスクリプトです。
    その日のレクチャーテーマは「日々の練習のお話と質擬応答」でした。

    アシュタンガヨガの日常的なプラクティスを確立する
    by David Roche
    AYO Workshop 2015/04/09-14
    (翻訳:宮村葉)

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  • David Roche ASHTANGA YOGA CLASS 2015

    David Roche
    ASHTANGA YOGA CLASS
    2015.4.10fri.-14tue.

    デイビッド・ロシュはオーストラリアのアデレードを拠点に、世界中でワーク ショップやマイソール・クラスの指導を行っています。彼はアシュタンガヨガ 正式指導資格であるサーティフィケーションを受けた指導者のひとりです。 44 年に渡り身体のムーヴメントについてを学び指導を続けており、その指導に はダンサー、コリオグラファー、アーティストそしてヨーギンとしてのキャリア が縒り合わせられています。 クラスではリズムとフロー、正しい身体アラインメントと呼吸、毎日の規律ある 実践を保つ重要性と、変化のもたらす恩恵を受け入れること、そして人生のさま ざまな段階おけるバランスの探求に対し、ハタヨガがもたらす大きな影響にフ ォーカスしています。 デイビッドの指導には、解剖学、フェルデンクライス、ボディマインド・センタ リング、イデオキネシス、自彊術そしてモダンダンスから学んだ要素が取り入れ られています。 世界を旅し指導する、デイビッドのマイソール・クラスに東京で参加できる特 別な機会です。キャリアの長いベテラン講師であると同時に、常に現在進行形で ヨガの学びを深め続けているデイビッドの指導をぜひ体験してください。
    David Roche website: http://www.haveyoga-willtravel.com/

    週末ワークショップのレクチャーについて

    レクチャーの後には質疑応答の時間を設けています。 対話形式のカ ジュアルな雰囲気で進めていきたいと思います。 時間に限りはありますが、テーマにちなんだ質問を一つ(それ以上で も!)ご用意してお越しください。 4/11(土) 「日常のヨガの練習のお話」と「質疑応答」 アシュタンガヨガの日々の実践をどのように続けて行くかをとりあ げます。 ケガや身体の不調を抱えた練習生が世界中に大勢います。時にはさま ざまなな状況により練習をすることができない場合もあります。しか し多くの生徒ができることならアシュタンガヨガを含め、アーサナの 実践を続けて行きたいとも考えています。 私達がそれぞれの状況において、それぞれのユニークな身体を持ちな がら、どのように実践を続けていけるか、実践者そして指導者として の長いキャリアと経験からデイビッドがお話しします。またこの機会 に日々のヨガの実践について、ぜひ質問してください。 4/12(日) 「デイビッド先生自身のヨガのお話」と「質疑応答」 家族、ライフスタイルの変化、引っ越し、年齢など、私達はさまざまな イベントや現実の影響を受けながら暮らしています。 予想のできない出来事や変化の起きる人生を通して、どのようにヨガ を続けてきたのかデイビッド自身の経験をシェアします。ダンサー、 ダンス講師またコリオグラファーとしてのキャリアを持ちながら、ヨ ガの旅と実践を長く継続してきたデイビッドから直接話が聞けるチ ャンスです。自身の暮らしや人生とヨガとの関係についてなど、ぜひ 質問をお寄せください。 ダンスのマーサ・グラハム、沖正弘による沖ヨガの系譜に連なる指導 者である、龍村先生、数珠先生、遠藤先生。そしてシュリ・T・クリシュ ナマチャリヤに連なる伝統的ヨガの指導者たち。 シュリ・K・パッタビジョイス、孫であるシュリ・シャラート・ジョ イスをはじめとする、ティム・ミラー、リチャード・フリーマン、エデ ィー・スターンなどのアシュタンガヨガ講師たち。 そしてシュリ・B・K・S・アイアンガーの第一期・第二期の弟子で あるシャンドール・リミート、ギータおよびプラシャント・アイアン ガー、ラマナンド・パテルとジュディス・ラサター。多くの人々がデ イビッドの生涯を通じて、彼の学びに非常に大きな影響を与えてきま した。 現在70 歳となるデイビッドは、自身の感覚を通してのアシュタン ガ・ヴィンヤサヨガーヨガ・チキッツァ、ナディ・ショーダナ、ステ ィラ・バーガーの経験と、生徒ひとりひとりが持つそれぞれの可能 性と経験を結びつけるため、現在も日々その方法を模索し研鑽し続 けています。 ぜひこの機会にデイビッドの実践者としての、そして指導者としての 長い経験に触れてみてください。これからの長く続く、私達のヨガの 実践に糧をもたらしてくれることでしょう。

  • From AYNY’s blog, Guruji’s Birthday

    Moonday

    7月の満月はグルジ(Sri.Kパタビジョイス師)のお誕生日だそうです。
    それについてのこの記事はAYNYのブログからの翻訳です。

    :::

    Saradamba

    この写真はカルナタカ州コウシカで行われた、
    グルジ生誕を祝って行われたプージャの様子を
    エイブロム・ロビンが撮影したものです。

    祀られている神はシャラーダ(サラスヴァティ)、
    ジョイス家の師であるシュリ・アディ・シャンカラチャリヤが
    信仰した学び、智慧、知識の女神です。
    シュリ・シャンカラチャリヤは女神シャラーダ像をカルナタカ州の
    シュリンゲリ・ムット修道院に安置しました。
    ここはインド全土に4つあるシャンカラチャリヤが
    所在した場所の一つです。
    アンマが亡くなった後、グルジは先祖伝来の村コウシカに
    小さなシャンカラ寺院を建立し、
    女神シャラーダとシャンカラチャリヤ像を安置しました。

    グルジは6月・7月の満月に誕生しました。
    7月の満月はグル・プルニマという、リシ・ヴィヤースの生誕日であり、
    インド、そして現在では世界中に広まった、
    全ての師弟関係を祝う縁起の良い日です。
    師が与えた教えに対し、
    弟子達が報恩、献身、感謝を表す神聖な日であり、
    このサトヴィック=純粋な感情の表出は、
    私達の実践、教え、師への専心に再び力をもたらします。

    スピリチュアルな実践のゴールとは、
    私達の内部にある幸福を目覚めさせることであり、
    その幸福とは世の物事の移り変わりによって
    左右される儚いものではなく、自我の幸福によるものです。
    プルニマとは満月を意味し、月が完全な円となり、
    太陽の光を余すところなく反射する時を意味します。
    ヒンドゥー教の伝統では月は意識であり、太陽は心です。
    ですからこの日は、
    私達の意識が心にある内側の幸福を完全に映し出す日、となるわけです。

    ヨガ・マスター、クリシャン・ヴェルマが
    グル・プルニマという名前の特別性について先日語った中で、
    グルとはこの完全性を目覚めさせる者であると述べました。
    彼は、完全性とは何でしょうか?と問いました。
    幸福です。ではその幸福とはどこから訪れるものでしょうか?
    グルへの献身です。グルはもちろん人でありえるのですが、
    しかしその本質はグル・タットヴァと呼ばれる
    原理(=タットヴァ)にあります。
    グルの原理は知識の光 ―まるで太陽の光のような ― のことです。
    私達個々、そして全員の心を照らす光です。

    私達は原理に触れることによって、自ら経験を得ることが出来ます。
    しかしグルが私達の内部に宿るということが真実だとしても、
    私達を正しい方向へと導く
    外部からの案内人の必要性を軽視することは出来ません。
    特にこの原理が光輝くものであり、
    器である人が原理そのものである場合は言うに及びません。

    グル・プルニマの深い意味についての興味深いテキスト、
    また師弟関係の複雑さについては、
    ヒンドゥ・アメリカン・ファウンデーションのシニア・ディレクターで、
    私の友人であるシータル・シャーによる、
    ”Ekalayva”についてのテキストをご覧ください。
    ブログ(英語)

    テキスト:エディー・スターン
    “Ashtanga Yoga New York” ブログより
    翻訳:宮村 葉

  • Narayan & Me(NAMARUPA)

    Narayan & Me
    ナラヤンと私

    バリー・シルバー
    翻訳:宮村 葉
    この記事はNAMARUPA issue no.9(2009年発行)に掲載されたものです。
    NAMARUPA共同発行人であるエディ・スターンおよび
    ロバート・モーゼスの同意のもと翻訳・配布しています。

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  • MUNBAI(NAMARUPA)

    MUNBAI
    ムンバイ

    写真・テキスト: バリー・シルバー
    翻訳: 宮村 葉

    この記事はNAMARUPA issue no.9(2009年発行)に掲載されたものです。
    NAMARUPA共同発行人であるエディ・スターンおよび
    ロバート・モーゼスの同意のもと翻訳・配布しています。

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    mumbai

  • NAMARUPA JAPAN HP

    namarupa.png

    NAMARUPA JAPAN HP

    「NAMARUPA Categories of Indian Thought」は、
    インド亜大陸を発祥とするさまざまな知識とその成り立ちについて
    -実際的なものから理論的なものまで、
    記録し、描き、称え、論評する雑誌です。

    この「NAMARUPA Japan」プロジェクトでは、
    既刊からの記事を翻訳しご紹介しています。

    発行人および創刊編集者
    ロバート・モーゼス エディ・スターン

    アドバイザー
    ロバート・E・スヴァヴォーダ博士 ミーナクシー・モーゼス ジョスリン・スターン

    編集者
    ミーナクシー・モーゼス エディ・スターン

    デザイン&制作
    ロバート・モーゼス エディ・スターン

    アシスタント
    デボラ・ハラダ レイチェル・スターク

    NAMARUPA Japan
    宮村 葉 福永 美奈子 的野 裕子 バリー・シルバー

    「NAMARUPA」はNAMARUPA Inc.の発行です。
    NAMARUPA Inc.は非提携の独立非営利団体です。
    「NAMARUPA」の制作は定期購読料および寄付で賄われています。
    掲載記事は寄稿者により無償で提供されており、
    編集/制作アシスタントはボランティアによって行われています。

    NAMARUPA ENGLISH HP

    pattabhijois
    Sri K. Pattabhi Jois

    vishnudevananda
    Sri Swami Vishnu-Devananda

  • LEGENDS & LEGACIES(NAMARUPA)

    LEGENDS & LEGACIES
    伝説と遺産
    K・パッタビ・ジョイスと B・K・S・アイアンガー

    写真: マイク・ヒル
    会話翻訳: スナード・ラグラム

    この記事はNAMARUPA issue no.4に掲載されたものです。
    NAMARUPA共同発行人であるエディ・スターン
    およびロバート・モーゼスの同意のもと翻訳・配布しています。

    日本語翻訳: 宮村 葉

     

     

    1934年、当時まだ若者だった K・パッタビ・ジョイスと B・K・S・アイアンガー。2人ともに、非常に厳しく、そしてそ 後伝説的なヨギとして知られることになる T・クリシュナマチャリヤ弟子だった。当時インドまだイギリス統治下に あり、マハラジャ達がまだ州長として特権を保持していた。マハラジャ達威光や壮麗さ当時まだ現実も であり、愛する郷土伝統を継承し保護すること、外国統治下にありながらも彼ら最重要事項とされていた。 マイソール州マハラジャ、クリシュナラジェンドラ・ヴォデヤル特に古代サンスクリット語テキスト保護と研究 に尽力し、伝統的なアートや音楽そしてヨガに愛情を注いだことで知られている。重要な伝統祭礼ドゥッセラーを盛大 に行うなど、古くから伝統儀礼や生活様式を概維持しながら、マイソール住人清潔で便利な町で日々を暮 らしていた。こような雰囲気中、若い2人当時マハラジャ庇護下にいたクリシュナマチャリヤからヨガを学 んでいたである。

     

    パッタビ・ジョイスマイソールに残る運命にあったが、クリシュナマチャリヤ1954年にマドラス(現在チェンナ イ)へと移って行った。そしてスンダラージャ・アイアンガー「そこでヨガを指導するように」という師命令以外ほと んど何も持たず、1934年インド中央部プーネへと送られただった。アイアンガープーネに留まり指導と修練 を続け、マイソールに残ったパッタビ・ジョイスサンスクリット大学へと通いながら修練を続け、そ後そこで指導に あたることとなった。そしてこ兄弟弟子達1940年まで再び会うことが無かった。2人ともそ再会についてあ まり覚えていないようだが、それがクリシュナマチャリヤヨガ・プロモーション・ツアー最中であったこと記憶して いた。クリシュナマチャリヤがパッタビ・ジョイスと共に、プーネにあるスワミ・クヴァラヤナンダが主宰するカイヴァリヤ ダーマ・ヨーガ・インスティチュートを訪れた際、短期間だがアイアンガー家に滞在したである。 そして歳月が過ぎ、何千年も数え切れない年月をインドでひっそりと受け継がれてきたヨガが、1960~70年代頃 初期探求者マダム・ブラヴァツキーやヴィヴェーカナンダ等発言をきっかけに、野火ような勢いで世界中に 広まり始めた。それにつれパッタビ・ジョイスとアイアンガーも、徐々にヨガ実践者間で高名な存在になったが、19 40年に共にコーヒーを飲んで以降、2人が再び会う機会巡って来なかった。

     

    そして2005年、2人が最後に会ってから65年後、アイアンガーが87歳になりパッタビ・ジョイスが90歳誕生日を 迎えた直後、私達時代ヨガに最も影響を与えた二人、ついに再会を果たすこととなった。歴史的な訪問こん な会話で幕を開けた。
    「もしもし?」「パッタビかい?スンダラジャだよ!」 2人それぞれ彼ら生徒達から指導者として畏怖される存在だが、電話会話まるで兄弟ようで、そこに 親しみ雰囲気だけが溢れていた。

     

    再会にぎやかなもとなった(アレキサンダー・メディンコーディネートで実現)。 アイアンガーゲストとして招 聘されていたタムクルでヨガフェスティバルから、車で4時間をかけてやって来た。フェスティバル当日、スピリ チュアル・リーダーが生徒達に呼びかけを行う日とされている「グル・プールニマー」だった。フェスティバルでそ呼 びかけ勤めを果たすため、アイアンガーパッタビ・ジョイス90歳誕生祭へ参加することが出来なかった。し かしタムクルからゴクラムまでそれ程遠くないため、そ後車で訪問が実現しただった。6人生徒と秘書 ラグーとともに、アイアンガー午後1時頃ゴクラムに到着した。2人ヨガマスターが抱き合いカンナダ語でにぎ やかに話始めると、居合わせた人々顔に笑顔が広がった。カルナタカ出身(カルナタカでカンナダ語がもっとも 話されている言語)アイアンガー生徒1人、「グルジいつも『カンナダ語よく解らない』と私におっしゃ っていたですが。見てください!流暢にお話されてます!」と話した。

     

    まず全員にコーヒーが振舞われ、そ後隣部屋へ場所を変えると、1940年以来じめて2人食事をともにした。 こ再会ために、パタッビ・ジョイス娘サラスヴァティにが特別な食事を用意していた。食事後 AYRI(現 KPJAYI)共同ディレクターである孫シャラートが全員を階下ヨガ・シャラへと案内すると、アイアンガー生徒マ ダーヴァが質問を始めた。

     

    マダーヴァ(以下 M)「ヨガを学び始めた当初、ヨガがこように広まると思われていましたか?」 パッタビ・ジョイス(以下 KPJ)「全然。全くだよ。少年頃にクリシュナマチャリヤ師がヨガデモンストレーションを 行ったを見て、それらポーズに魅了されてしまった私、翌日クリシュナマチャリヤ師を訪れると、彼前にひれ 伏して生徒として連れていってくれるよう懇願した。するとクリシュナマチャリヤ師ぶっきらぼうに私が誰かと聞いた。 とても怖かったよ。そしてどこから来たか、父親誰なかと聞かれた。私5マイル先コウシカ村からやって 来たこと、私父占星術師で司祭であることを話した。するとすぐにクラスに出るようにと言われたで、私頷い て『い』と答えた。翌日からクラスに出席し始めて、そ初日からすぐに引っ叩かれ始めたよ(大笑)」 M「何故やめてしまわなかったですか?」

     

    KPJ「何故?学びたいという大きな情熱があったからだ。」 M「もし私があなただったら、とっくに逃げ出していたと思います。」 KPJ「そうかな?さっき言ったとおり本当に『学びたい』と思っていたんだよ。ガルーダとハッサン・ランガスワミーとい う2人友人を覚えている。私達みんなで学んだ。(アイアンガーに向かって)ガルーダを覚えてるかい?」 B.K.S.Iyengar(以下 BKS)「もちろん覚えてるよ。」 KPJ「1932年にマイソールマハラジャが、自分もとで指導をするようクリシュナマチャリヤ師を招いた。師ジャ ガン・モハン・パレス近くにヨガ・シャラを開き、私達そこで練習をしていた。教育部責任者が…彼名前を忘 れてしまったな…何という名だったか…N.S スッバラオだ!彼クリシュナマチャリヤ師給料計算など、全てを担 当していた人で、そ頃ヨガを教えて広めるよう、いろいろな地方役所などに師を派遣していた。1932年にクリ シュナマチャリヤ師がサンスクリット・パタシャラ(大学)に再び来た時、師前に進み出て礼拝すると『おお、君じゃな いか!』と言われたで、『そうですグルジ。私です。ここで勉強しているんです』と答えた。嬉しそうだったよ。そして また師もとで学ぶ機会を得た。私と私友達マハデヴ・バート時々パレスに招かれて、ヨガデモンストレー ションを行った。ある時お礼に5ルピーとハヌマーン・カッチャ(下着)をいただいた。とても嬉しかったよ。(アイアンガ ーに向かって)ところであ女性こと覚えてるかな?アメリカから来たインドラ・デヴィ?彼女もパレスヨガ・シャ ラにプラクティスに来ていた。」

     

    BKS「うん、うん、覚えている。彼女がインドラ・デヴィと名乗るようになった、ずっと後ことじゃなかったかな。」 KPJ「最近亡くなったと聞いたけど…」
    BKS「ブラジルで。」 KPJ「そうかブラジルで。一つことが次々に繋がっていく。我々そこで練習をしていた。マハデヴ・バート、シュ リニヴァス・アチャール、ランガナート・デシカチャー、他にもたくさん。」

     

    BKS「そう。全員覚えているよ。」 M「今で5ルピーよりもっとたくさんお金を得るようになられましたけど、あなたにとってマハラジャから渡された5 ルピー、さぞ特別だったでないかと思います。どちらにより価値があるとお考えになりますか?そ5ルピーと、 現在得られている収入と」 KPJ「そうだ、そ5ルピー本当に本当に特別なもだった。そお札トランク中に、衣類束下にしまっ ておいた。毎日トランクを開けてそれを取り出して眺めて、また衣類下にしまっていたもだよ(笑)。私それま で1ルピー札を見たことが無かったんだから(笑)!そ頃そういう生活だったんだよ。」

     

    こうして現代伝説2人、素晴らしい昼食とカジュアルな思い出話、そして写真撮影を行うと再び階上にあがった。 そ後午後コーヒータイムが始まり、会話自然とコーヒーについてもとなった。アイアンガーによれ、コー ヒーこ暗黒時代「カリ・ユガ」「ソーマ・ラサ」=「反道徳的な中毒性液体」である。「まさにそうだ。それに最 近で、さまざまなブランド『ソーマ・ラサ』をお店で手に入れることができる!」とパッタビ・ジョイスが笑った。

     

    午後時間飛ぶように過ぎ、アイアンガー出発時間が近づくと、会話再びクリシュナマチャリヤについて もになった。 BKS「誰が何と言おうと我々師功績確かなもだ。彼知識大海ようで、そ知識全てを我々が引き 継いだと言えないだろう。豊かな知識持ち主だったが、ほん少しをこちらに、今度あちらに、というやり方だ ったから、私達鶏がえさをついむように、師知識をあちらこちらから拾い上げなけれいけなかった。そして私 達それぞれに学び、そ学びをそれぞれ形に育てあげた。だから皆さんへアドバイス、クリシュナマチャリ ヤ師直弟子によって点された、消えない『灯り』を見つけるということ。そして、こ彼教えという『ヨガ・ディーパ (ヨガ灯り)』を絶やさないようにしなけれいけないということだ。プラクティスを継続して、『灯り』を燃やして燃や して燃やしつづけることが大切だよ。」 KPJ「師私達を日に焼かれた石中庭に何時間も立たせ続けた。そ時に、ヨガがどういうもなか我々理解 し始めたんだよ!」 BKS「もう少し付け加えてもいいかな?100%額に汗しなけれならない。身体だけでなく知的な面でも。そうして 100%励んだ時にヨガというもが少し解るようになる。身体も100%頭も100%、全身全霊をかけなけれならな い。知識も同じことだよ。」

     

    素晴らしい日に終わりが近づくにつれ、二人偉大な人物が一つ場所にいるということ、そ事実に対する感動と 興奮を我々静かに感じるとともに、心から感謝していた。ヨガ、いわゆる「流派」違いについて批判を繰り返し てきたこれまで年月、二人がコーヒーを共にした瞬間、意味を成さない雲や霧ように蒸発し消え去ったようだ った。少なくともパッタビ・ジョイスとアイアンガー 2 人とって、お互い久しぶりに再会したヨガ兄弟弟子にすぎな い。アイアンガーが言うように。「1934年に出会い、2005年に再び出会った。私これを本当に稀な栄誉だと思 う。」

    実践方法違い、スタイル違い、哲学や意見違い常に存在し、しかしそれ些細な問題でしかない。互いに 尊重しあい友情を築くことこそがインド伝統であり、人々から多大な敬愛を受ける二人底流であった。

  • THE DITCITARS of CITAMPARAM(NAMARUPA)

    THE DITCITARS of CITAMPARAM
    チダンバラムのディクシタール・ブラフミン

    写真: ロバート・モーゼスとバリーシルバー

    テキスト: ポール・ヤンガー著“The Home of Dancing Shivan”および
    “The Tradition of the Hindu Temple in Citamparam”
    Oxford Unversity Press, 1995から抜粋

    この記事はNAMARUPA issue no.7に掲載されたものです。
    NAMARUPA共同発行人であるエディ・スターンおよび
    ロバート・モーゼスの同意のもと翻訳・配布しています。

    翻訳: 宮村 葉

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    CITAMPARAM