カテゴリー: NOTE

  • With big love and big bear hugs to David-sensei

    お伝えするのが遅くなりましたが、2025年2月4日、David Roche先生が旅立たれました。

    訃報を聞き、追悼のメッセージを書きたいと思いながらも、なかなか言葉をまとめることができませんでした。整理整理ができず整理をしたくない気持ちを持ちながら、先生との過去のメールや写真を振り返りながら、少しずつ書いています。
    
先生と直接お会いしたり、お話しできる機会がなくなってしまったことを、とても寂しく感じています。桜の季節になると、先生のことをいつも思い出します。2010年に先生がAYOに初めて代行で来てくださったのも、桜の咲く頃でした。その後も桜の季節にワークショップを開催しに訪れてくださいました。

    ガンジーの言葉に、「明日死ぬかのように生きよ。永遠に生きるかのように学べ。」とありますが、先生の生き方そのものが、この言葉を体現していたように思います。

    David先生は常に熱意と敬意を持ってヨーガを学び、教え、探求し続ける姿勢に、私はいつも感動していました。最初に会った時からヨーガに人生を捧げているひとだと感じました。マイソールに通い続け、病気になってからも行くことを望み、学び続け、いつも気にかけてくださいました。
    先生の振る舞いはまるで儀式のようにいつもエレガントでした。日本の佐渡に学びに来るほど禅や茶道を学び、古き良き日本の精神をお持ちでした。
    マイソールに滞在中に先生が作ってくださったポンガルは、今まで味わったことのないフランス料理のように洗練された味わいで今も忘れられません。
    先生から聞くモダンダンスの話、その世界観、先生のアシュタンガヨガの伝統を重んじながらも実験的なアプローチを模索する姿勢にいつも惹き込まれていました。先生の個性と人生経験を通じたヨーガの探究は、どこまでも魅力的でした。

    2019年、先生が最後にAYOで開催したワークショップは「風の時代における儀式の再創造」でした。先生はおっしゃっていました。
    「私たち人類は風の時代に生きており、特に高齢者にとっては、人生が非常に速く変化しています。私たちにとって、これは字義通りにも比喩的にも、二重の風の時代です。私は、私たちの生活が変化する中で、儀式が重要であると信じています。儀式は、私たちの人生に安定感を与え、目的を探し続ける助けとなるからです。儀式は私たちの生活と共に変化すべきだと考えています。」

    わたしに先生が教えてくれたこと、先生の存在そのものが、ヨーガだけでなく人生への大きなインスピレーションを与えてくれました。先生からの言葉や教えには、日々過ごしヨーガを続ける中で、発見と気づきをもたらしてくれます。アシュタンガヨガの決められたシークエンスで感じる学びも同じように感じます。
    惜しみない愛と学びを、本当にありがとうございました。そして、先生との時間を支えてくれたすべての方々にも、心から感謝します。もっと先生と話し、共に過ごし、学びたかったです。

    David Roche先生のご逝去を悼み、ご冥福をお祈りします。

    尊敬と敬愛と感謝を込めて、
    Ashtanga Yoga Omotesando 渡邉えり子

    ※David Roche先生について、知りたい方は過去の2015年のヨガクラスのスクリプトやドバイのヨガ雑誌『Yogalife』の記事の日本語訳があります。
    ヨガクラスのスクリプト:
    https://ashtangayogaomotesando.com/wp-content/uploads/2018/01/davidrochewstext_ayo.pdf
    雑誌『Yogalife』の記事の日本語訳:https://ashtangayogaomotesando.com/2015/10/16/davidrocheinterview/

    ※2015年と2019年のDavid Roche先生のワークショップにご参加いただいた方へ、過去の思い出を振り返るメールをお送りさせていただいています。もしメールが届いていない方でご希望の方がいらっしゃいましたら、ご連絡ください。

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    It is with great sadness that I share this news belatedly—on February 4, 2025, David Roche-sensei passed away.

    Upon hearing of his passing, I wanted to write a tribute, but I found it difficult to put my feelings into words. I have been revisiting our past emails and photographs, slowly gathering my thoughts.

    I deeply miss the opportunity to meet and speak with him again. Whenever the cherry blossoms bloom, I am reminded of him. In 2010, when he first came to AYO as a teacher, it was also during the cherry blossom season. In the years that followed, he returned to hold workshops during this special time.

    Mahatma Gandhi once said, “Live as if you were to die tomorrow. Learn as if you were to live forever.” I feel that Sensei embodied this philosophy in the way he lived.

    David-sensei’s dedication to studying, teaching, and exploring yoga with passion and respect always inspired me. From the moment I first met him, I could sense that he had devoted his life to yoga. He continued to travel to Mysore, even after his illness, always eager to learn and always thoughtful toward others.

    There was a ritualistic elegance in everything he did. He had a deep appreciation for Japanese culture, even traveling to Sado Island to study Zen and the tea ceremony. I still remember the Pongal he prepared in Mysore—it was unlike anything I had ever tasted before, as refined as a French dish.

    His stories of modern dance, his worldview, and his experimental approach to Ashtanga Yoga—while still honoring its traditions—were captivating. His unique journey and personal experiences made his exploration of yoga endlessly fascinating.

    In 2019, the last workshop he held at AYO was titled “Recreating Rituals in the Age of Air.” He shared the following thoughts:

    “We, as humanity, are living in the Age of Air, and for the elderly in particular, life is changing at an extremely rapid pace. In both a literal and metaphorical sense, we are experiencing a double age of air. I believe that as our lives change, rituals become ever more important. They provide us with stability and help us continue searching for meaning. Rituals should evolve alongside our lives.”

    What he taught me, and his very presence itself, was not only an inspiration for yoga but also for life. His words and lessons continue to bring new insights as I move through each day and continue my yoga practice—just as we discover something new each time we move through the Ashtanga sequence.

    Thank you, Sensei, for your boundless love and wisdom. I am also deeply grateful to everyone who made our time with you possible. I only wish I had been able to spend more time with you, to talk more, and to learn more.

    I extend my deepest condolences on the passing of David Roche-sensei and pray for his peace.

    With respect, love, and gratitude,
    Eriko Watanabe

    ※ For those interested in learning more about David Roche-sensei, you can find a translated the Script of yoga class in 2025 and an interview article from Yogalife magazine here:
    Script: https://ashtangayogaomotesando.com/wp-content/uploads/2018/01/davidrochewstext_ayo.pdf
    Interview: 
https://ashtangayogaomotesando.com/2015/10/16/davidrocheinterview/

    ※ For those who participated in David Roche-sensei’s workshops in 2015 and 2019, we have sent an email reflecting on past memories. If you have not received it and would like a copy, please reach out to us.

  • Learn more about yoga.”Sūrya Namaskāra”

    SNSに紹介しきれなかったヨーガの練習の背景、太陽礼拝のお話です。
    太陽礼拝には色々なお話があります。一部ですがご紹介します。

    Sūrya Namaskāra(太陽への礼拝)
    サンスクリット語で「Surya (スーリヤ)」は太陽を指し「Namaskar(ナマスカール)」は挨拶を意味します。
    現代的なヨーガアーサナのひとつになっている太陽礼拝です。現代は色々な太陽礼拝はありますが、スーリヤ・ナマスカーラはヨーガの技法として「ヴィヤヤーマ(Vyayama・運動)」に属します。スーリヤ・ナマスカーラはイギリス植民地下でのインドの近代化時代に生み出されたインド式健康体操として考案されたものです。そして、スーリヤ・ナマスカーラを考案したのは南マハーラーシュトラのAundh藩王国の王様であったBhawanrao Shriniwasrao Pant Pratinidhi氏です。その王子であったApa Pant氏は4歳の時から父君にスーリヤ・ナマスカーラを教えられました。インド独立後、Apa Pant氏は外交官として活躍しながらスーリヤ・ナマスカーラの普及に尽力した人物です。

    Apa Pant
『SURYA NAMASKĀRA』
    “Suryatma Jagatastasthukhascha.” 「太陽は動くものすべての魂であり、また安定したものすべての魂でもある」 と、この古代サンスクリット語の詩には述べられています。この小さな惑星で生命が存在できるのは、太陽のおかげです。太陽が放射するエネルギーによって、海、陸、空で生命が活動し、成長することができるのです。太陽がなければすべての生命は消滅するでしょう。スーリヤ・ナマスカールは「今、ここ」に完全に注意深く意識を向けることを求めるため、「今この瞬間を生きる」という経験にあなたを導きます。
     アーサナを練習する際に忘れてはならないのは、これらは体操ではないということです。ゆっくりとリラックスして行うことで、アーサナから最大限の効果を得ることができます。アーサナの目的は、さまざまな器官を活性化し、体内のエネルギーの中心を若返らせることであり、単に筋力を向上させることではありません。また、身体と心をコントロールすることで、幸福と調和を体験することが目的です。
     アーサナを練習する際に覚えておかなければならないのは、これらは体操の運動ではないということです。アーサナから本当の利益を得るためには、ゆっくりとリラックスした状態で行う必要があります。これらのアーサナの目的は、体内のさまざまな器官を活性化し、さまざまなエネルギーセンターを再活性化させることであり、単に筋力を養うためではありません。その目的はまた、体と心をコントロールすることを通じて幸福と調和を体験させることです。
     身体の動きと心の動きに意識を集中させることは、ヨーガのアーサナにおいて非常に重要です。ヨーガを通して達成しようとしているのは、身体と心の調和の体験です。つまり、あなたが心と体の間に「対立」があると考えることは、現実には存在せず、どちらも同じ壮大な調和の一部であるという事実を体験しようとしているのです。このように、自分の周りに存在するものすべてと心と体が一体であることに気づくことで、無限のエネルギー、喜び、知性を手に入れることができるようになるのです。
    『Surya Namaskar, an Ancient Indian Exercise』Apa Pant
 (1970)
    『Surya Namaskar』Shriniwasrao Pant Pratinidhi (1939 Gujarati translation)

    Sri.K Pattabhi Jois『SŪRYA NAMASKĀRA』(2004(
    「太陽は全世界の魂である」リグ・ヴェーダ 1.115.1
     ヒンドゥーの古い経典には、太陽礼拝は太陽神スーリヤに捧げるあいさつーNamaskāra priya sūryaḥ ーであると教えています。スリヤは、精神・肉体両面の健康を司る、中心的な信仰の対象であり、その偉大さを称えるためにはなによりもスーリヤ・ナマスカーラを行うことであり、そうすれば永遠の健康と心の平和が与えられると信じられています。
    ヨガのポーズはそれぞれ神を内包し、全部合わせると 72,000の神がいます。ヨガを学ぶ者は、それ ら全ての神ひとりひとりに敬意を表する前に、他のすべての神が宿ると言われる太陽神スーリヤへのあいさつからまずはじめるべきなのです。
     インドには多くの神々と女神に捧げられた寺院があるのに、太陽神に捧げられた寺院は少ないのはなぜですか?
    ー太陽は私たちの生活の基本で、生命の源です。太陽の優しい温かさがなければ、生命は存在しません。特に夕方の温かさをもたらす太陽の光が私たちを生かしています。
    太陽は私たちの目で見える神で、毎日目にします。しかし、他の神々は目に見えないので、彼らに捧げた寺院と彼らの像があります。
    太陽は私たちに見える存在なので、彼を崇拝する寺院はあまり多くありません。

    Sharth Jois, Yoga conference (2014.6.1)
     「Yogaścitta vṛtti nirodhaḥ」。ヨーガとは心の動きを静止するものであり、この感覚の抑制、鎮めることを指しているのです。これを身につけるためにたくさんの難しいアーサナを極める必要があるかどうかといったら、それはまったく理にかなっていない話です。太陽礼拝のようなシンプルなポーズひとつの中でも吸う息、吐く息、この2極の統治、その一体感というものをいうのを味わえるはずなんです。

    続きはヨーガクラスで、、
    実際にヨーガを行うには先生のもとで行うのがおすすめです。
    ヨーガはいつでもいつからでも、クラスでお待ちしております。

    参考資料:https://en.wikipedia.org/wiki/Bhawanrao_Shriniwasrao_Pant_Pratinidhi
    https://en.wikipedia.org/wiki/Apa_Pant

  • about restraint, sacrifice, and where the world

    Eddie Stern先生からのお話「すすんで自粛するとはどういうことか」

    2020年4月6日、NY在住のEddie Stern先生からの生徒へのメールを友人の的野裕子さんが翻訳をサイトで掲載していたものを許可頂きまして転載します。
    世界で新型コロナウイルスが拡大している今の生活を送る中でEddie先生のこのヨガ的視点の考察のお話をみなさんにシェアしたいと思いました。私にはこのお話は今どう過ごし乗り越えていけるのか考える日々にヨガや日常生活に対して気づきや発見がありました。AYOのサイトに掲載し私もみなさんの何かに役立てればと思いました。よかったらどうぞお読み下さい。

    転載元:https://www.yukomatono.com/home/2020/4/8

    :::

    すすんで自粛するとはどういうことか

    みなさん、こんにちは。

    先週から、自制や犠牲、それに世界の現状について、ヨガ的な視点で考えていました。そこで、そのことについて私の考えを少し共有しようと思います。

    サンスクリット語の「タパス」という言葉は、自分の習慣や習性、無意識の行動に逆らう時に起こるものとして説明されています。タパスをおこなうことで熱が生まれ、体や心は落ち着かなくなったり、不安を感じたりすることがあります。自分を抑制したり、制限したりする行為によって生まれるものです。

    自分を抑制するのは楽しいことではないですし、そもそも抑制は楽しいものではありません。しかし、抑制する理由がわかっていれば、チャレンジや課題となります。また、抑制(自制)には大抵見返りがあります。体によくない食べ物を自制すれば、健康になります。夜ふかしを自制すれば、いつもより早く眠ることができ、清々しく目覚められます。非難や批判をしないように心がければ、もっと幸せになります。新型コロナウィルスが蔓延している間は外出しないようにすれば、自分や周りの人たちがより安全で健康でいられます。

    長く受け継がれているすべての教えには、抑制や自制(犠牲、献身、供物とも言う)の実践があります。どの教えにも、人間には個人と共同体の意識を高める潜在能力がある、というのが基本原則のひとつにあります。より良い未来のために、今を犠牲にするのです。より良い明日のために、今日を犠牲にするのです。人間が欲求や欲望すべてを貪ると、自分のことばかり考えるようになり、共同体のことを考えなくなるので、抑制や犠牲を実践するのです。

    また、抑制は時間を見つけることでもあります。やりたいことを何でも、いつでもできていたら、求めるものを手に入れるまでの間しか、時間に苦慮することはありません。しかし、短い期間でも何かを抑制したり、あきらめたりしたら、そのことによってできた、一見延々と続くように思える新たな時間に、いやでも向き合うことになります。そのような試練の時間に向き合う最善の方法は、目の前にあることに集中し、一度にひとつのことをやり、途方に暮れないことです。

    今まさに世界では、今という瞬間を生き、思慮深く、思いやりを持つことを求められています。

    思いやりには2つの方向性があります。自分への思いやりも、身の回りの人たち(知っている人も知らない人も)への思いやりも必要です。

    今日のZoomクラスの終わりに、特にチャレンジングなポーズの後で、昔からの生徒でもある友人が「このポーズをすると自分が嫌になります」とチャットでコメントしました。これを読んで、私はとても悲しくなりました。ヨガは決して自己嫌悪させるようなものではないはずです。『バガヴァッド・ギーター』の中でクリシュナは、練習の努力は無駄にはならないと言っています。練習の結果がどんなものか、いつ来るのかはわかりませんし、知る必要もありません。しかし、練習の努力によって何かが変わります。では、練習とは一体何なのかというと、そっくりそのまま、今やっていることに集中し続ける努力のことです。

    人間の体は、身の回りに脅威を感じると、命を守るためにアドレナリンやコルチゾールを放出します。戦うか、逃げるか、動かなくなります。これを長い間何度も繰り返すと、体内に炎症のような状態が生まれ、それが不安、高血圧、消化器疾患、その他の深刻な病気につながります。一方で、自分で自分を非難したり、責めたりしても、外部の脅威を感じた時と同じ反応を引き起こし、まったく同じストレス反応が体内にあらわれます。つまり、自分自身に対して戦ったり、逃げたり、動かなくなったりします。人間の体は、外部の脅威と自分の中の脅威に対する反応を区別しないのです。

    このような状態から自分を救うには、自分に対してやさしさ、思いやりを持ち、自分の体、呼吸、心、感情に気を配ることです。それが自己批判や自己嫌悪に対する救済となります。自分の背中をそっと押しつつも、がんばり過ぎない、やり過ぎないこと。それでも努力はするのですが、その努力とは、最善だと思うことを念頭に置き、それに基づいて行動しようとすることです。常にうまくいくとは限りませんが、うまくいった時は、うまくいく状態を続けられます。

    ヨガというのは自制することでもあります。日々ほんの少しでも自制を実践することで、自分や身の回りの人たちにもっとやさしくなれるようになります。それには、かなりの実践を積み重ねることになります。

    ですから、自制や抑制、犠牲というのは、単により良い未来のために何かをあきらめることではありません。逆の方が良いからやらないようにする、という意味です。気を配る方が良いから、目をそらさないようにする。やさしい方が良いから、冷たくしないようにする。冷静でいるように務める方が良いから、不安に取り憑かれないようにする。これが、確かな自信を持って自制できているということです。

    現在のような不確かな、先の見えない時期には、確かに自信のある自制を少し実践するだけでも非常に効果があります。

    以上です。このような考えがあなたの役に立ち、助けになれば幸いです。

    愛を込めて
    EddieとJocelyneより

    翻訳:的野裕子

    Eddie Stern : https://eddiestern.com/

  • Interview with David Roche in Dubai’s Yogalife magazine

    ドバイのヨガ雑誌『Yogalife』2015年9月号の
    デービッド・ロシュ先生のインタビュー掲載記事を
    デービッド・ロシュ先生と『Yogalife』のご協力により、
    日本語訳記事を掲載します。(翻訳:宮村葉)

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    HANDS ON with David Roche
    デーヴィッド・ロシュとの学び
    70歳のアシュタンガヨガ・マスターが
    初めてのドバイ訪問で語るヨガライフとは
    デーヴィッド・ロッシュは世界的なシニア・ヨガ・ティーチャーの一人である。さまざまな国で40年以上に渡って指導を行い、長年インドのマイソールで彼の師である、かのシュリ・K・パッタビ・ジョイスのもとで学んだ。全世界で45人しかいないサーティファイド・ティーチャーの一人である彼がドバイを訪れ、「アシュタンガヨガ・ドバイ」の生徒たちと共に、彼のプラクティスと指導の哲学―「神は細部に宿る」をシェアする。

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    —他のヨガではなく、アシュタンガヨガを始めたきっかけは何ですか?
    「私はそもそもダンサーをしていました。マーサ・グラハムのテクニックはダンサーのトレーニングとしては、非常にヨガ的なベースを持ったもので、私はそれを学んでいました。同じポーズの繰り返しであり、連続したポーズのシリーズをシンプルにより合わせたものを毎日練習します。アシュタンガヨガのようです。同じトレーニング・プロセスを何年も続けていくのです。19歳の時にスタートして、アシュタンガヨガに出会った50代まで続けました」
    —現在のヨガ界の多くの部分は本質的ではなく表面的に感じられます。これについてはどのように認識していますか?
    「世界的に起きていることの反映です。都市においての経済的活動は凄まじいものがあると感じます。それを否定することはできません。そして人というのは何かを始める時、自分になじみのあるところからスタートするしかありません。もしヨガのプラクティスが人々の興味を刺激するならば、彼らは自然と深く探求していくことでしょう。もしそうでなければずっと同じレベルに留まりますが、だとしても問題はありません、少なくともスタートとしては」
    —なぜ世界中でヨガは人気なのでしょうか?
    「それは役立つからです。一般的に人々は感情的な、もしくは肉体的な痛みからヨガを始めます。これまでの過程で何かが上手く行かなかったのです。例えばそれは腰痛かも知れないし、何かのトラウマかも知れませんが、しかし大体の場合、これらは身体内の調整の狂いが原因で起きています。そして薬物に頼らずとも、ヨガが身体の再調整を手助けするものだということが解ったのです。
    アシュタンガは、マドンナのようなセレブリティがオプラ・ウィンフリー・ショー(アメリカの人気トーク番組)などのテレビ番組で話したことで、喧伝され人気になりました。私がグルジ(シュリ・K・パッタビ・ジョイス)のもとでアシュタンガを始めた90年代始めの頃は、30人ほどの生徒が出入りしているのみでした。私は3年ほどそこで過ごしましたが、その後90年代の終わり頃には、300人もの生徒がクラスに参加するようになっていました」
    —ヨガの身体的な側面のみを実践し続けることは可能だと思いますか?
    「もちろん。クリシュナマチャリヤと彼の息子デシカチャーは「ヨガは科学である。なぜなら科学的に検証可能だからだ。」と言っています。その人が望まないのであれば、インド文化の宗教的側面を掘り下げなければいけない、などという理由はありません。しかし遅かれ早かれ、皆さんはメディテーション、そしてヨガの精神的な側面に出会うことになります。皆さんの身体とマインドに対する気づきが変化するにつれ、皆さんの意識も自然と拡張されます。ヨガが皆さんを変化させます。「何をすべきなのだろうか?」などと思い悩む必要はありません。ただ続けるのです。自分の毎日のプラクティスを」

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    —ヴェーダやパタンジャリのヨーガ・スートラを学ぶ必要はありますか?
    「これも同じです。皆さんが興味を感じる度合いが、そこに割く時間を決めます。アシュタンガヨガに関して言えば、若い人達はその身体的な部分に魅かれると思いますし、深いレベルを突き詰めるかどうかは、性格的なタイプもあると思います。ほとんどの身体的活動によく見られるのと同じく、競争的な部分がありますが、それは特に悪いことではありません。現状に甘んじるのではなく、自身の可能性に働きかけるということがそこから始まるのですから」
    —クラスではバックベンドのアジャストメントを行う際、実際的でとても細部にこだたわったアプローチを行っています。それはなぜでしょうか?
    「それは、皆さんが全身を使った後屈を覚える必要があるからです。ただ単に背中だけを曲げるわけではないのです。脚のアーチ、それが脊柱へと至ることに気づくために、膝の感覚を持ちながら脚の上部からアーチを描くやり方を覚える必要があるのです。
    背中を曲げ始めると多くの人によく起こるのは、膝の存在が忘れ去られることで、それによってアーチが限定されてしまいます。胸を引き上げながら動いていくと同時に、尾骨を引き上げておく必要があります。虹のアーチのように。これは後屈を学び始めたばかりの時にはなかなかできませんし、感じとるには長い時間がかかります。例えば落ちてしまうかもしれないというような、内面の恐れを乗り越える必要がありますし、自分はできるのだという自身への理解と信頼も必要です」

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    —ヨガの必須要素としてのメディテーションについて意見をお聞かせください。
    「グルジはプラクティスそのものがメディテーションであるといつも言っていました。マインドをフォーカスさせることで、プラクティスを深く行うことで、メディテーションへと至る。自身のマインドの中心に居続けることで、私たちはメディテーションを実践しています。これ以外にその他の伝統的なメディテーションの方法を実践するかどうかは各々のチョイスです」
    —プラーナヤーマの重要性についてお聞かせください。
    「グルジは「26クンバカ」という、さまざまなプラーナヤーマからなる一連のシリーズを指導していました。身体的なプラクティス同様、一定のシークエンスに則って行われ、特定のチャンティングが共に行われます。アドバンスドAシリーズを習い終えた生徒のみが、指導を受けました。
    私が知る限り、ヨガ実践者のうちごく少数のみがプラーナヤーマをの実践を維持し、深く掘り下げ続けています。アイアンガーヨガの実践者がそうですね。アシュタンガヨガではあまりいません」
    —あなたは過去に、アシュタンガヨガは、プラクティスをただ何度も繰り返すだけではマンネリに陥ってしまうとおっしゃいました。それについて詳しく教えてください。
    「私たちは習慣化された行動に陥らないように務めています。私についていえば、特定の方法を行っています。膝に問題がある場合、もしくは肩に問題がある場合、そのような時は、自身が身体で行っていることを通して、これを修正できる方法を楽に体得できるよう模索します。プラクティスを行う時、スリヤ・ナマスカーラから始まり、プラクティス全体を通して、私はそれを追いかけ続けます。それによって集中の状態がもたらされますし、またそれ自体がヒーリングでもあります」
    —グルジがかつて「これらのポーズは危険だよ」と言ったことを、あなたは60歳になった時にその意味に気づいたと言っていましたよね。
    「私がアドバンスド・シリーズの練習を始めたのは52歳の時で、それは前代未聞のことでした。アドバンスド・シリーズを練習したいと、グルジに自分から願い出るほど私はエゴに突き動かされていて、グルジはあっけにとられていました。その時に「これらのポーズは危険だ」とグルジが言ったのです。私がシリーズを始めたいと懇願したところ、グルジは「君を見ていることにする」と言いました。そしてアドバンスドAをスタートするまでの数ヶ月、私をただ見ていました。そして私が始められると彼は確信したようですが、しかし同時に私が他の生徒たちよりも年齢が上なので、私にはインターミディエイト・シリーズを全て練習させ、その上で他の全てのポーズを加えていきました。ですから私はいつも一番最初に部屋に入り、一番最後に部屋を出ていました。75個もポーズを行っていたのですから」
    —長年指導を行うことで魅力的な人になれると思いますか?
    「そう願ってます。妻と共に指導していた頃は、彼女がおだやかで、私が厳しかったと思います。私が規律を厳しく求める側で、彼女は生徒たちと楽しく幸せに過ごす側だったと思います。今は私たちは違う道に進んだので、私がどちらの役割も果たす必要があります。生徒に身近に感じてもえるよう支えることは、わたしにとっては生徒との関係性においての新しい取り組みです」
    —輪廻転生を信じますか?
    「解りません。なるようになるとだけ思っています」
    —カルマを信じますか?
    「ええ、私たちの行動が私たちの所有物であり、それが私たちの持つ全てであり、もちろん全ての行動には結果が伴うと、確実に信じています」

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    マイソール・スタイルでアシュタンガヨガのプラクティスを行うことについては、経験せずにそれを理解することはとても難しいものですが、しかしここでマイソール・クラスについて一般的なことをいくつかご紹介します。
    ・呼吸音と時折ある講師の指導以外は、静かな空間で行われる。
    ・全てのレベルの生徒たちが隣り合ってプラクティスを行う。
    ・講師は生徒ひとりひとりに個別に指導を行う。それによって生徒は自身に適切なペースで進むことができる。
    ・ポーズの順番を覚え、そのセットを毎日プラクティスする。生徒の準備が整った時に新しいポーズが徐々に加えられる。
    ・各々のプラクティスにどれぐらい時間がかかるかによって、6:30-10:00のいつからでもクラスに加わることができる。

    HANDS ON with David Roche by courtesy of YogaLife Middle East this article first appeared in the September 2015 issue of YogaLife Middle East.
    translation Yo Miyamura
    (無断での引用、転載を禁じます)

  • Script of David Roche’s workshop lecture

    この記事は2015年4月に行われたDavid Roche先生の
    週末ワークショップのレクチャーのスクリプトです。
    その日のレクチャーテーマは「日々の練習のお話と質擬応答」でした。

    アシュタンガヨガの日常的なプラクティスを確立する
    by David Roche
    AYO Workshop 2015/04/09-14
    (翻訳:宮村葉)

    davidrochewstext_AYO

  • David Roche ASHTANGA YOGA CLASS 2015

    David Roche
    ASHTANGA YOGA CLASS
    2015.4.10fri.-14tue.

    デイビッド・ロシュはオーストラリアのアデレードを拠点に、世界中でワーク ショップやマイソール・クラスの指導を行っています。彼はアシュタンガヨガ 正式指導資格であるサーティフィケーションを受けた指導者のひとりです。 44 年に渡り身体のムーヴメントについてを学び指導を続けており、その指導に はダンサー、コリオグラファー、アーティストそしてヨーギンとしてのキャリア が縒り合わせられています。 クラスではリズムとフロー、正しい身体アラインメントと呼吸、毎日の規律ある 実践を保つ重要性と、変化のもたらす恩恵を受け入れること、そして人生のさま ざまな段階おけるバランスの探求に対し、ハタヨガがもたらす大きな影響にフ ォーカスしています。 デイビッドの指導には、解剖学、フェルデンクライス、ボディマインド・センタ リング、イデオキネシス、自彊術そしてモダンダンスから学んだ要素が取り入れ られています。 世界を旅し指導する、デイビッドのマイソール・クラスに東京で参加できる特 別な機会です。キャリアの長いベテラン講師であると同時に、常に現在進行形で ヨガの学びを深め続けているデイビッドの指導をぜひ体験してください。
    David Roche website: http://www.haveyoga-willtravel.com/

    週末ワークショップのレクチャーについて

    レクチャーの後には質疑応答の時間を設けています。 対話形式のカ ジュアルな雰囲気で進めていきたいと思います。 時間に限りはありますが、テーマにちなんだ質問を一つ(それ以上で も!)ご用意してお越しください。 4/11(土) 「日常のヨガの練習のお話」と「質疑応答」 アシュタンガヨガの日々の実践をどのように続けて行くかをとりあ げます。 ケガや身体の不調を抱えた練習生が世界中に大勢います。時にはさま ざまなな状況により練習をすることができない場合もあります。しか し多くの生徒ができることならアシュタンガヨガを含め、アーサナの 実践を続けて行きたいとも考えています。 私達がそれぞれの状況において、それぞれのユニークな身体を持ちな がら、どのように実践を続けていけるか、実践者そして指導者として の長いキャリアと経験からデイビッドがお話しします。またこの機会 に日々のヨガの実践について、ぜひ質問してください。 4/12(日) 「デイビッド先生自身のヨガのお話」と「質疑応答」 家族、ライフスタイルの変化、引っ越し、年齢など、私達はさまざまな イベントや現実の影響を受けながら暮らしています。 予想のできない出来事や変化の起きる人生を通して、どのようにヨガ を続けてきたのかデイビッド自身の経験をシェアします。ダンサー、 ダンス講師またコリオグラファーとしてのキャリアを持ちながら、ヨ ガの旅と実践を長く継続してきたデイビッドから直接話が聞けるチ ャンスです。自身の暮らしや人生とヨガとの関係についてなど、ぜひ 質問をお寄せください。 ダンスのマーサ・グラハム、沖正弘による沖ヨガの系譜に連なる指導 者である、龍村先生、数珠先生、遠藤先生。そしてシュリ・T・クリシュ ナマチャリヤに連なる伝統的ヨガの指導者たち。 シュリ・K・パッタビジョイス、孫であるシュリ・シャラート・ジョ イスをはじめとする、ティム・ミラー、リチャード・フリーマン、エデ ィー・スターンなどのアシュタンガヨガ講師たち。 そしてシュリ・B・K・S・アイアンガーの第一期・第二期の弟子で あるシャンドール・リミート、ギータおよびプラシャント・アイアン ガー、ラマナンド・パテルとジュディス・ラサター。多くの人々がデ イビッドの生涯を通じて、彼の学びに非常に大きな影響を与えてきま した。 現在70 歳となるデイビッドは、自身の感覚を通してのアシュタン ガ・ヴィンヤサヨガーヨガ・チキッツァ、ナディ・ショーダナ、ステ ィラ・バーガーの経験と、生徒ひとりひとりが持つそれぞれの可能 性と経験を結びつけるため、現在も日々その方法を模索し研鑽し続 けています。 ぜひこの機会にデイビッドの実践者としての、そして指導者としての 長い経験に触れてみてください。これからの長く続く、私達のヨガの 実践に糧をもたらしてくれることでしょう。

  • From AYNY’s blog, Guruji’s Birthday

    Moonday

    7月の満月はグルジ(Sri.Kパタビジョイス師)のお誕生日だそうです。
    それについてのこの記事はAYNYのブログからの翻訳です。

    :::

    Saradamba

    この写真はカルナタカ州コウシカで行われた、
    グルジ生誕を祝って行われたプージャの様子を
    エイブロム・ロビンが撮影したものです。

    祀られている神はシャラーダ(サラスヴァティ)、
    ジョイス家の師であるシュリ・アディ・シャンカラチャリヤが
    信仰した学び、智慧、知識の女神です。
    シュリ・シャンカラチャリヤは女神シャラーダ像をカルナタカ州の
    シュリンゲリ・ムット修道院に安置しました。
    ここはインド全土に4つあるシャンカラチャリヤが
    所在した場所の一つです。
    アンマが亡くなった後、グルジは先祖伝来の村コウシカに
    小さなシャンカラ寺院を建立し、
    女神シャラーダとシャンカラチャリヤ像を安置しました。

    グルジは6月・7月の満月に誕生しました。
    7月の満月はグル・プルニマという、リシ・ヴィヤースの生誕日であり、
    インド、そして現在では世界中に広まった、
    全ての師弟関係を祝う縁起の良い日です。
    師が与えた教えに対し、
    弟子達が報恩、献身、感謝を表す神聖な日であり、
    このサトヴィック=純粋な感情の表出は、
    私達の実践、教え、師への専心に再び力をもたらします。

    スピリチュアルな実践のゴールとは、
    私達の内部にある幸福を目覚めさせることであり、
    その幸福とは世の物事の移り変わりによって
    左右される儚いものではなく、自我の幸福によるものです。
    プルニマとは満月を意味し、月が完全な円となり、
    太陽の光を余すところなく反射する時を意味します。
    ヒンドゥー教の伝統では月は意識であり、太陽は心です。
    ですからこの日は、
    私達の意識が心にある内側の幸福を完全に映し出す日、となるわけです。

    ヨガ・マスター、クリシャン・ヴェルマが
    グル・プルニマという名前の特別性について先日語った中で、
    グルとはこの完全性を目覚めさせる者であると述べました。
    彼は、完全性とは何でしょうか?と問いました。
    幸福です。ではその幸福とはどこから訪れるものでしょうか?
    グルへの献身です。グルはもちろん人でありえるのですが、
    しかしその本質はグル・タットヴァと呼ばれる
    原理(=タットヴァ)にあります。
    グルの原理は知識の光 ―まるで太陽の光のような ― のことです。
    私達個々、そして全員の心を照らす光です。

    私達は原理に触れることによって、自ら経験を得ることが出来ます。
    しかしグルが私達の内部に宿るということが真実だとしても、
    私達を正しい方向へと導く
    外部からの案内人の必要性を軽視することは出来ません。
    特にこの原理が光輝くものであり、
    器である人が原理そのものである場合は言うに及びません。

    グル・プルニマの深い意味についての興味深いテキスト、
    また師弟関係の複雑さについては、
    ヒンドゥ・アメリカン・ファウンデーションのシニア・ディレクターで、
    私の友人であるシータル・シャーによる、
    ”Ekalayva”についてのテキストをご覧ください。
    ブログ(英語)

    テキスト:エディー・スターン
    “Ashtanga Yoga New York” ブログより
    翻訳:宮村 葉

  • SARASWATHI RANGASWAMY AN INTERVIEW BY NICK EVANS (NAMARUPA)

    サラスワティ・ランガスワミー
    ニック・エヴァンスによるインタビュー
    2007年9月2日・3日 南インド・カルナタカ州マイソールにて実施
    翻訳:福永美奈子

    この記事はNAMARUPA issue no.7(2097年秋発行)に掲載されたものです。
    (本記事は2009年Sri.K.Pattabhi Joisが亡くなる以前のものです)
    NAMARUPA共同発行人であるエディ・スターンおよび
    ロバート・モーゼスの同意のもと翻訳・配布しています。

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    SARASWATHI RANGASWAMY
    AN INTERVIEW BY NICK EVANS

    サラスワティ・ランガスワミー
    ニック・エヴァンスによるインタビュー
    2007年9月2日・3日 南インド・カルナタカ州マイソールにて実施
    翻訳:福永美奈子

    この記事はNAMARUPA issue no.7(2097年秋発行)に掲載されたものです。
    (本記事は2009年Sri.K.Pattabhi Joisが亡くなる以前のものです)
    NAMARUPA共同発行人であるエディ・スターンおよび
    ロバート・モーゼスの同意のもと翻訳・配布しています。

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    saraswathi.png

     

  • Narayan & Me(NAMARUPA)

    Narayan & Me
    ナラヤンと私

    バリー・シルバー
    翻訳:宮村 葉
    この記事はNAMARUPA issue no.9(2009年発行)に掲載されたものです。
    NAMARUPA共同発行人であるエディ・スターンおよび
    ロバート・モーゼスの同意のもと翻訳・配布しています。

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  • HOYSALA BRAHMIN(NAMARUPA)

    HOYSALA BRAHMIN
    ホイサラ朝の司祭

    シュリ・K・パッタビ・ジョイス
    文:エディ・スターン
    翻訳:福永美奈子

    この記事はNAMARUPA issue no.13(2011年発行)に掲載されたものです。NAMARUPA共同発行人であるエディ・スターンおよび
    ロバート・モーゼスの同意のもと翻訳・配布しています。

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    HOYSALABRAHMIN